(上郷) Hさんの家

 古くは遠州街道の陸路、天竜川を伝う水上交通の要衝として発達してきた飯田市。さまざまな人や情報が行き交うなかで、進取と自主自立の精神を育んできた伊那谷の中心都市である。H邸はそのような歴史と文化が息づき、自然豊かな環境に生まれた住まい。隣接する親世帯の断熱改修工事とともに、養蚕長屋を解体した位置に新築。

 ご家族はご夫婦と子供3人。北欧で暮らした経験から、北欧モダンデザインの家を希望していた。H邸は緩やかに傾斜する敷地に呼応した大きな片流れの屋根、水平感を生み出す大きな庇、明るい高窓にある遮熱格子、白い壁と木部の鮮やかなコントラストなどで、シンプルで素材感を活かした美しいフォルムが生み出された。それらのアイテムは全て室内環境を調整する役割を担っている環境デザイン。

 「外気に触れる密度の違いを愉しめる居心地のよい空間をつくりましょう」とご夫婦と何回も練り直した基本設計プラン。

敷地の緩やかな傾斜はプランにも影響し、一番高い室内部分から半屋外のデッキ1・広縁・芝生の中庭・ガレージへと、五つの異なる水平面の高さの変化と、外気の密度の濃淡と、使う素材の変化が、その場所の生活感を立体的な個性あるものに演出してくれる。

センターキッチンのある台所とダイニングは、階段で吹抜のリビングとは緩やかに仕切り、一段下がるサブリビングにご主人の書斎や本棚を集約。子供のお友達にも人気のコーナーです。

 休日にはタイル張りのデッキ1で朝食を囲むのが最高の癒しの時間。夜はダイニングでお父さんたちと親子3世代で晩餐を楽しむ。そのための8人掛けのビックテーブルを特注し、薪ストーブもダイニング設置にこだわった。

水平的な広がりを持つグラデーション空間

 H邸は北側に開いた眺望が抜群。東西に細長く伸びる住宅のダイニングやリビングの窓からは、V字に象られた雄大な伊那谷の景観が広がる。

 数年前に“伊那谷の森で家をつくる会”を起ち上げて、環境共生型建築を数多く手掛けてきた新井さん。H邸も地元の根羽杉をふんだんに使った高断熱仕様で、PSパネルヒーターをベースに、薪ストーブで自ら暖かい室内環境を生み出す喜びを得る事が出来る。

 「家の設計は、施主と建築家のキャッチボールから始まります。住まい手の漠然とした要望を実際の美しい形にしていくことが設計者の職能」という新井さんは、最近ではまちづくりにおける市民活動、空きビルのリノベーションなども手掛けていて、「身近な環境を考え、地域材で家をつくることが、ここ飯田のデザインコードになっていければ。この地域の本当の豊かさを次世代に伝えられるような活動をしていきたい」とも。こうして中庭を取り込みながら北の眺望も愉しめるさまざまな工夫をこらした、“伊那谷ならでは”のH邸が誕生した。